小さい頃からそうだった。
いくら私が頑張って起きていようとしても、いつも私の方が先に寝てしまう。
魔法にかけられたみたいに、貴方とふたりで横になると、すーっと眠りに落ちていく。
私が目覚めたときには、必ず貴方はもう起きていて、そっと私を見ていた。
私は毎日、貴方の寝顔を見たいと願ったわ。
それは、今も変わらない。
変わらない、はずだった。

私たちは、物心ついた頃から一緒にいて、それが当たり前で、気付けば数十年が過ぎていた。
その間にはもちろん、言い尽くせないほどいろんなことがあって、想い出があって、気持ちがあって、時があって。
子どもたちも大きくなった。
私たちも歳をとった。
でも、何も変わらないと思っていたの。
貴方が死ぬまでは。

ずっと、貴方の寝顔を見たことがなかった。
私より後に寝て、私より先に起きる貴方。
こんな形で、貴方の寝顔は見たくなかったよ。
「起きて、ねぇ起きて」
聞こえてるんでしょう?
私のこと、からかってるの?

貴方は「これで君の願いが叶った」と言うかもしれない。
私の願いを知ってたから。
だけど違うのよ。
こんなことを願っていたんじゃないの。
私は、貴方の寝顔を見て、目覚めるところが見たかったんだから。
目覚めない貴方は、見たくなかった。
見たくなかった・・・けど、貴方を見届けられたのは、幸せなことかもしれない。
貴方を残して逝くよりは、ずっと。
愛している人がいた。
もう、この人だけだと思っていた。
一生この人と、生きていけるのだと思っていた。

なのに。

子どもが出来た。
あの人は、いなくなった。
私は、捨てられたのだ。
あの人と私、ふたりきりではなくなったから。
あの人は消えてしまった。

私は、またひとりぼっちに戻ろうと思った。
「ひとりに戻って、あの人を探そう」
でも、出来なかったの。
ふたりになった私は、勝手にひとりに戻ることは出来ない。
涙が出た。
ひとりになろうとしたことが哀しくて、ひとりに戻れないことが悔しくて。
もう二度と、あの人に会うことは出来ない。


愛してる人がいた。
これからは、愛していくべき人がいる。
私は、ふたりぼっち。
みんな、ふたりぼっちなんだ。





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久々すぎて、下手になっています。
あぁ・・・今年はもうちょっと更新したいです。
僕がここに来てから、何日が経ったんだろう。
そう思い始めてからも、すでに数日が経過しているはず。
僕は、暗いトンネルの中を歩いているようで、何も見ることは出来なかった。
見上げても、真っ黒。
星さえも、月の光さえも目に入ってこない。
でも、掌に感じるのは、きっと君の温かい手なんだろう。

「君恵」

名前を呼んでみた。
愛しい、君の名前。
返事はなかった。
じゃぁ、今僕の手に感じているのは、一体なに?

「君恵、返事してよ。いつもみたいにさぁ」

君恵は返事をしない。
手を伸ばそうとしたけれど、うまく動かなかった。
暗闇の中で、どちらに手を伸ばせば良いのかも分からなかったし、何かに縛られているようでもあった。
僕は益々不安になって、手の中にある何かを、強く握った。

どろりとした。
生暖かくて、なんだか水っぽいそれは、一瞬どくりと鳴って、動かなくなった。

「瞬ちゃん」

君恵が、呼んでくれた気がした。





お題提供元:人魚(星を水葬)
とうとう、30歳になった。
学生の頃は自分が三十路になるなんて、想像したこともなかったけど。
なーんにもなかった20代。
ただ周りに惑わされまいと、一生懸命壁を高く厚く塗り上げた。
そして30になった今、自分に何が残ったかと言えば、どこまでも高く分厚い壁と、私だけが入れる小さい空間。
ここは狭くて、息が詰まる。
これを作ったのは私だから、きっと壊せるのも私だけ。
分かってはいるけど、壊せなかった。
壊せないまま、30になった。
壊したら、きっと私には新しい未来が待っていて、明るい明日がやってきて、違う自分になれるって分かっているけど。
怖かった。
壊した後、私に残るのは何かって考えたとき、本当に何もないって思ったから。
ここは狭すぎて、自分の入るスペース以外はなかったから。
丸裸の私を人前にさらすなんて、怖くて仕方ないじゃない。
ひとりでも、ひとりぽっちでも、私はこのままの方が幸せかもしれないって、どこかで思ってる。
全部分かってる。
このままじゃ、本当にひとりぽっちになっちゃうって。

そろそろ、本気で壊してみようか。
染まってもいいじゃないか。
本当に?
うん、本当に。
それは私が選ぶ自由だから。
今度はもっと大きくて、カラフルな壁を建てよう。
今みたいに、狭くて一色じゃなく。
もしかしたらそれを、受け入れてくれる人もいるかもしれない。
その中に建てる、真っ黒な塔も、全部全部。

私は30歳になった。
きっと私には、ステキな10年間が待っている。




お題提供元:人魚(星を水葬)
愛している人が、実は姉の旦那様だなんて、一体誰に言えよう。
これは、あたしの中での深い深い秘密であり、そして大きな強みだ。
愛している人がいるというだけで、あたしは強くなれる。
姉よりも。
誰よりも。
人一倍輝く自信だって持っている。
それはあたしが、彼を愛しているからだ。
彼が力をくれる。
この、あたしの心に。

姉夫婦が実家に帰ってきてから、3ヶ月が経った。
義兄の転勤でこちらに帰ってきたのだが、当初は賃貸マンションを借りる予定だったのに、義兄の仕事があまりに忙しく、不動産屋に行く暇がないのと、姉の実家に対する甘えとで、とうとう出て行かないままになってしまった。
結婚して1年半。
まだ子どものいない姉夫婦は未だに新婚のようで、あたしには少々腹立たしい。
だけど、家から出て行かないということは、少なくとも義兄と一緒にいられる時間も増えるというもので、あたしは少しだけ報われた思いだった。
用もないのに姉夫婦の新居を訪ねるなんてこと、あたしには出来そうもなかったから、姉と義兄のラブラブっぷりを見せ付けられるのは嫌だったけれど、ひとつ屋根の下にいるのは、悪くなかった。

そんなある日。
絶好のチャンスが来た。
両親と姉が、そろって親戚の家に行ってしまったのだ。
おばさんが倒れたらしく、慌てて出て行ってしまった。
あたしはしおらしく留守番を買って出て、義兄の帰りを待つ。
ただひたすら。
22時を回った頃、義兄が静かに玄関を開けて入ってきた。
リビングには、あたしひとり。
「あれ、美樹ちゃんひとり? みんなは?」
少し慌てた様子の彼は、あたしと目を合わさずに言った。
「瀬戸内のおばさんが倒れて、みんなそっちに言っちゃったの。あたしだけ、ここで留守番よ」
(あなたとふたりでね)
少しだけお酒の匂いをさせる彼は、きっと同僚とお酒を飲んで帰ってきたのだろう。
酔っているなら、尚更好都合だと思った。
あたしは分かった風に、彼から背広を受け取って、ハンガーにかける。
彼が全部脱いでしまうのを、あたしは意地悪く、根気よく待つ。
義妹の前でズボンを脱ごうか脱ぐまいか迷っている彼に、あたしは言った。
「遠慮しないで。今夜はあたしたちふたりきりなんだから」
そっと触れると、彼がびくんと反応した。
あたしは知っているんだ。
彼もあたしのこと、意識しているって。
ここに来てから3ヶ月、出来るだけあたしを避けてきた彼。
それがどんな理由からなのか、悟るまでにそんな時間はかからなかったよ。
だからあたしも、頑張れたの。
いつか姉からあなたを奪う日を、ずっと夢見て。

「一緒に死にましょう。愛に溺れて」

ふたりで抱えた大きな秘密は、きっとこれからもっともっと大きくなって、あたしたちを覆い尽くしてしまうだろう。
そして迎える家族の崩壊。
それでもあたしは幸せだった。
愛する人を手に入れる喜びは、哀しいけれど、何よりも勝っていた。




お題配布元:星を水葬

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